前回の続きである。ブラチスラヴァで東側の名車タトラカーと出会う
最初から読む場合はこれ
駅からのバスを降りてすぐの所にあるKapucínskaの電停からその西側にあるトンネルの近辺で電車を見ていたが、どうもこの区間は9号線しか電車がやってこない。そのうえやってくるのも新しいシュコダの車両ばかりだ。これではいけないと思い、別の電停へと向かうことにした。旧市街地を抜けるように南に数百メートルほど歩けばドナウ川にぶつかり、その河岸にも軌道があるらしい。

というわけで電停近隣の階段を下って旧市街地へと向かうことにした。

ミハエル門というものがあった。旧市街を囲む城壁に設置された門の一つだったらしい。屋根の形が特徴的で、宗教的に…ロシア正教会とかそっちの宗派に関係した建物なのかと思っていたが、そういうわけでもないらしい。そもそもスロバキアはカトリックが多数派らしい。じゃあなんでこんな屋根なんだろう。
手前の建物に多数国旗が掲揚されているが、これはどうも大使館が入居しているとのこと。一国の首都だから当然といえば当然なのだが、1階にレストランや土産屋みたいな全く関係のないテナントが入っているのは面食らった。てっきりそういう重要な建物は1棟丸々で持っているものと思っていたのだが*1…


さらに南に歩くとドナウ川にぶつかった。ドイツ南部から黒海へと注ぐ大きく長い川である。クラシックの題材として選ばれるように、確かに美しく青い。だがぼくがドナウと聞いて想像するクラシックは「美しく青きドナウ」ではなく、「ドナウ川のさざなみ」である。なぜなら近鉄名古屋の駅で1時間に1回聞くことができるからである。

後ろを振り返ると見たかった電車が颯爽と駆け抜けていった。こいつが見たかった電車である。

しばらくするとどこで向きを変えたのか、行った車両が帰ってきた。これぞ著名な路面電車、タトラカーである。ソ連、ユーゴスラビア、東ドイツといった東側諸国に向けてチェコスロバキアのタトラ社で製造された車両で、以前ソウルに行った際に保存車両としては見かけたことはある*2が、動いている姿を見るのはここブラチスラヴァがお初になる。
このT3形は14000両以上も生産されたとのこと。首都圏を擁するJR東日本の車両を全て足しても12000両程度でこれには敵わない。しかもこちらは連結して1両~3両程度、つまりは編成数で言えば圧倒的に上である。作りすぎである。
この電車の行先表示器にはvycvik jazdcaと書かれている。これは行先ではなく、運転士の訓練とかそういった意味合いの表示らしい。乗務員育成中というわけだ。

教会を背景にシュコダとタトラ(厳密にはT3ではなく別の形式ではあるが)の離合である。教会というとこれぐらいの屋根を想像していたのだが、そうするとやはり先のミハエル門がなおのこと奇妙に見えてくる。

Centrumという分かりやすく中心市街地の名前の電停にこのようなモニュメントが設置されていた。何だこれはと説明文を見たところ、ウクライナ戦争で爆撃を受けた救急車という。日本に住んでいると遠くの世界の出来事に感じてしまうが、ここブラチスラヴァからハルキウまでは1500km、広島~台北とだいたい同じぐらいの距離感である。他人事ではないと思った。

小ぶりな教会と柱。手前の柱はペストの終息を記念した柱とのこと。ブラチスラヴァには青の教会という特徴的な教会があるらしいが、正直に言うと訪問時には知らなかった。電車一辺倒で町を見てることの弊害である。

この町でもガントレット(線路配置)をみかけた。恐らくは奥の電停停車中に分岐の進路を決める意味合いがあるのではないかと思う。
そんなこんなでブラチスラヴァを徘徊していたが、この日の目的地はチェコのブルノである。ここから一旦ウィーンに戻り、また別の列車に乗り換えて向かわなければならない。軽く飯をとって引き上げることにした。昼食は貧乏人の味方ケバブである。この旅2ケバブ目である。

そんなこんなで往路と同じバスに乗ってショボい裏口から駅へと戻ってきた。

モーツァルト?(無知)
後で調べたところによると、この機関車を持っている会社(SETG)はオーストリアのザルツブルクが本社(形式表記ではドイツになっているが…)とのこと。ザルツブルクにはモーツァルトの生家があるらしい。なるほど。

というわけでウィーンに戻ってきた。乗り継ぎ待ちで飲料調達を済ませた。

スロバキアからオーストリアに戻ってきたが、今度はチェコへと向かう。
続く