もう10年近く前の話のことである。大学生活最初の冬休みが終わった頃に私は東京の地でバイト先を探していた。広島から出て杉並区で何も分からぬ一人暮らしを始め、多くの必修科目をこなした1年生を終えて時間にある程度の猶予が生える頃である。もとより奨学金は家賃に消え、仕送りの大半は食費に消えるものである。1年目はちびちびと節約して趣味の旅行に出たが、より出かけるには自分である程度稼ぐ必要があった。
インターネットのバイト検索サイトで自宅近隣、大学生歓迎といった条件で調べると、大概上に出てくるのは学習塾や家庭教師である。高校生に受験勉強を教え、時給も一般的なバイトに比べると格段にいい、ついでに言えば私の通ってた大学は全国的にも箔が付いている大学だ。そのブランドと昨年の今頃まで実戦で動いていた頭を持ってすれば塾としてこれ以上の武器は無いだろう。事実、塾講や家庭教師のバイトをしている同期は多数いた。
しかし…私はこの塾講バイトにはどうしても興味が持てなかった。要因はいくつかあり、一つはこの直前の冬休みに同じことをやってたからである。大学1年の冬休みは何故か妙に長く、広島に帰って実家から通いで運転免許の取得に取り組んでいたのだが、その間ブー太郎になるなとバイトを半ば強制的にやらされていた。それが塾講であるが、小学生相手である。相手の年齢層が違うとはいえ、同じものを東京でやるのも味気ないなあと思っていた。まして、東京でやるとなると相手は高校生で、しかも講義の前後に行くことになる。ただでさえ日中に脳のリソースを消費している中でさらに痛めつけたくないという思いもあった。
大学同期と同じようなバイトはなんか嫌だ、それなら鉄道趣味の面々と同じようなバイトにしようと各電鉄会社のホームページを漁ってみた。電鉄会社のバイトといえば朝ラッシュ要員、いわゆる通対だ。会社によっては一定範囲が乗り放題になる職乗もついてくるとのこと、そう考えると魅力的であるが…これもどうもあと一押しが足りないのである。例えばJRの新宿駅でバイトをする場合、扱う電車はおおかた東京都内や近隣の県に向かう電車である。どうせなら特急列車のような遠くに行く電車をたくさん扱ってみたい。でも特急電車は乗車ドアに人を詰め込むわけでもなく、バイトの出る幕はないのである。
じゃあどうしようとインターネットのオタクと話していると、高速バスのターミナルとかいいんじゃないかという話になった。言われてみれば高速バスは東京から北は青森、西は博多までいろんな場所をカバーしているし、大きなターミナルでは地上のスタッフがトランク扱いやマイクを担当している気がする。平日朝に限らず深夜や休日も入れそうだし、なんならそっちの方が基本給も高くなりそうだ…。いいじゃん!
そんなこんなで、募集ページを探し出して応募をした。数日後にそのターミナルで簡単な面接をした。そまた数日後、大学のキャンパス内でOKだよと、トントン拍子でバイト先が決まったのである。
【あとがき】
以前、大学の面々と久しぶりに会う機会があった。その酒席でバイトの話をしたところ結構ウケが良かったのである。私としてもそろそろ思い出話に昇華させてもいいかなと思い、バスターミナル・アルバイトのエッセイを書くことにした。不定期なので気長に待ってほしい。
エッセイと隣り合わせな単語といえばコンプライアンスである。既に辞めて別ジャンルの企業に就職したとはいえ業務上知り得た知識というのは守秘義務が課されているものもある。本連載ではそのような守秘的内容についての言及はせず、客の立場としても見聞きできるスタッフの行動や一般論、あとは私個人の心情を中心に書き綴っていくつもりだ。マル秘情報は出しません。