9月、これまた18きっぷ消化と、駅の位置情報で殴り合うゲームの都合により紀伊半島を一周しました。
旅の始まりはやっぱり八重洲口。大阪に5時ぐらいに着きたいことから選択肢は絞られ、結果としてエコドリームに乗車。隣は空席だったのですこぶる快適ではありました。日頃の生活リズムが崩壊してることもあり土山まで寝れませんでしたけど。
これは足柄。
大阪から直通の快速に乗る予定だったのですが、エコドリームが20分近く早着したので環状線で天王寺、天王寺の上のホームから快速に乗って日根野へと向かいます。
昔家族で海外に行った際に日根野で宿泊したはずなので下車はしたことがあるのですが、こんな駅だったかなあと。
そしてこの時はまだ平常運転だったのですが、翌日の台風で関空方面が死亡たようで。
駅構内に戻り、これまた阪和線で南へ向かいます。
和歌山
ここの下車は初めてです。県庁所在地の駅であってさすがに賑やか…と思いきや、早朝なので駅ビルはまだ空いていませんでした。
本来の列車の1本前の列車で紀勢本線を進みます。
宮前
なんとなく宮前で下車。ちょうど通学に都合のいい時間だったので学生の多いこと。その多数は写真裏手の踏切を渡っていきました。
ここから本来の予定の列車になります。
海南
駅前を一通り見た限りでは野上電鉄の痕跡は見つかりませんでした。後になって航空写真を見てみるとすこし離れたところから廃線跡を利用した道路があったようで。
藤並
一方有田鉄道が接続していた藤並駅。こちらは駅の手前からサイクリングロードが並走し、それがそのまま駅横の駐輪場(写真右奥)となっており、比較的痕跡を残していました。駅前には金屋口行きのバスも停車しており、機会があれば行きたいところ。
そして藤並から御坊へ。御坊では未乗であった紀州鉄道に乗り換えます。
西御坊
乗ってわずか数駅で終点の西御坊に到着。住宅街の中に申し訳なさそうに駅舎があります。
そのまま線路に沿ってかつての終点、日高川駅付近まで散策。西御坊駅の隣となる市役所前駅まで歩きました。
市役所前
台風通過後数日間は紀州鉄道は御坊~紀伊御坊での運転になったようで、その理由が市役所前駅付近の踏切不具合だったとのことなんですけれども、台風前日の時点で駅前の踏切を保線の人が調整していました…
市役所前から御坊行きに乗車
縁起のいい駅として有名ですよね。でもグッズを買うより現地に来た方がもっと縁起がいいと思います。
御坊で折り返してきた列車に乗って隣駅へ。
紀伊御坊
車庫が併設され駅員もいる紀州鉄道の拠点駅です。駅の近くにはかつて運転されていた元大分交通のキハ603が保存されていました。どうやらカフェのようなイートインスペースになっているようで、車庫の近くに保存された電車がそういう目的になっているのを見ると激しくデジャブを感じるのは広島市民だからでしょうか…
ここから御坊駅まで歩きました。
御坊
割と時間が迫っていたこともあり、経路沿いで食事をとることを断念。次の紀伊田辺に期待します。
乗車したのは113系。といっても中間車にとってつけたような運転台を持ち合わせたゲテモノ。
幸いにも接続時間があり、そして駅前に「らぁめん子弁慶」というラーメン屋さんがあったので立ち寄り、エネルギーを補給します。この駅は10年ぐらい前に下車したはずなんですけど、深夜・早朝だったので駅の様子とか記憶は全くありません。
やってきたのは105系、まあ覚悟はしていましたけど。
新宮
駅の位置情報で殴るゲームのほうも、順調に各駅で位置情報を登録し、そのまま新宮へ。ようやくJR西の区間が終わりJR東海へと変わります。この辺りから翌日の運行情報がネットに流れてきて今後を悩ませてきます…
新宮から多気までは直通。車両はキハ25、前に乗った時はキハ48でしたがその車両が亡き今は必然的にキハ25なのでしょう。
途中、海が見える区間では非常に強い波が防波堤を打ち付け、また明日は関西全域で計画運休など、なにかと大事になりそうな気配はしていました。雨も降ったり止んだりを繰り返す状況でした。
すっかり夜です。ホームの照明にはおびただしい数の虫が集まっており、正直虫嫌いの僕には辛い待ち時間でした…
ここで快速みえに乗り一路名古屋へ。途中伊勢鉄道を完乗。本来は名古屋から豊橋へと向かい、翌日の飯田線訪問を考えていたのですが、台風を考量して急遽キャンセル、名古屋から夜行バスで東京へと戻ったのでした
恵那峡SA
この名鉄バスのSクラスシートはいいぞ。