創作魔法少女モノ①

あらすじ

22xx年、人口流入により1億民近い住民が住むようになった首都・皇京都。そこでは人口増加に耐えうるため、建物のみならず道路までも重層化が行われていた…

そんな皇京の最下層には、決して一般人が立ち入ることができず、厳重に封印されている地区が存在していた。そこは皇京城址。かつて皇京で猛威を振るったモノを隔離するために一帯すべてを禁忌地として封印していたのだ。この地区は皇京の重層化が始まる際に最優先に工事が施工され、現代ではその存在は上層の住民はおろか、管理組織の長である都知事にすら知られていなかった…

 

ある日、皇京で大きな地震が発生する。都市規模を拡大に追われていた皇京では維持管理が後手後手の対応となっており、皇京城址の地区で崩壊が発生、あろうことか封印が一時的に解き放たれてしまったのである。幸いにも復興事業という名目で早期の修理が完了された。しかし、その直後から皇京では怪奇現象が起こり始めていた…

 

 

皇京に住んでいた女子中学生、坂上佳乃はある日、道端に奇妙な鍵と、その鍵の近くの空間に鍵穴が開いていた。興味本位から手に持ち鍵穴を開ける佳乃、すると辺りの景色は一瞬として地下とも地上とも言い難い空間へと遷移していた。そこにいたのは、絵本やマンガでしか見たことの無いような、魔法少女であった。その魔法少女、リマは鍵穴は魔法少女に変身する資格のある人にしか見えないと言い…

 

 

・キャラクター

坂上 佳乃(さかうえ かの)14歳 イメージカラーは赤色

ふとしたきっかけで魔法少女と出会った女子中学生。最初は頑なに拒否していたものの、あるきっかけから魔法少女になることを決意。すごく元気だからとイメージカラーを赤色にされた。

 

池山 リマ(いけやま りま)18歳 イメージカラーはオレンジ

母親から魔法少女の資格を受け渡された女子高生。小さい頃からということもあり、数多くの魔材を使うことができる。母親に憧れてオレンジ色をイメージカラーにしている。

 

魔法少女が他にもいるが、ここではまだお伝えできない…

 

 

関連用語

・変身アイテム「魔術的組織化変身錠(Trans Organising key of Magical Engine)」

鍵と鍵穴をモチーフに作られている。解錠することで魔法少女へと変身できる。魔法少女により形はまちまちで、鍵穴はブレスレットだったりネックレスだったり。また鍵も回して解錠するタイプだけではなく、ダイヤル式のもの、あるいは誘魔力により非接触で解錠するものもある。変身解除時はオートロックなのでご安心を。

 

・サポートアイテム「魔法少女補助支援部材」通称魔材

魔法少女を支援するための道具。基本的にはそれぞれの魔法少女専属の物であり、これまた鍵を用いて解錠することで使用可能になる。本来使用する魔法少女が認めるなら一時的に所有者を委任することが可能。その場合自動的に鍵穴が変化する。ご都合主義である。使えば魔力を消費するのが頭の悩ませどころで、複数魔材を持つ魔法少女もいれば、全く持たない魔法少女もいる。

 

・魔力

魔法少女たちの活動の源。魔材を使ったり、戦闘をすることで消費されていく。

魔力の供給原理は今のところ分かっていないが、最下層ではあまり減らないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ってな感じに、1時間ぐらいで思い浮かんだ魔法少女モノを書き留めておきました。

夢の中で行った、ような②

前に出雲の不思議体験の話をしたと思う。夢に出てきた景色と同じ部分が実際に存在したという話だ、今回もその話。

私は先日の日曜日、仙台での野球観戦の帰りにガルパン鉄道こと鹿島臨海鉄道大洗鹿島線に乗車した。 当然であるが、わざわざ乗るということは初乗車である。

水戸駅8番線を出発し、常磐線から離れ高架になってしばらくのことであった。列車が国道6号線と交差するときであった。

 

出雲の時と同じ、夢に見たことがある景色を見たのである。

夢の中では線路からは見ておらず、下の道路から見ていたのであるが、大洗鹿島線の高架の形状と、道路との位置関係、そして近くの建物など何から何までほとんど夢で見た形と同じものであった。

 

これがその場所である。この景色を、私は夢で見ていたのだ。

 

次に、この景色を見たことがあるか、である。まずこの地区を以前に通過したことはない。大洗まで行ったことはあるが、その時は霞ケ浦を経由し土浦まで抜けているので水戸は通過していない。ストリートビューを前に見た可能性もあるが、私がストリートビューで調べるのは基本廃線とか変な道路とかそのあたりである。この近くには確かに水浜電車という廃線があるが、私はそこまで水浜電車を熱心に調べた記憶はない。また、前面展望を以前見たという可能性があるが、これもありえない。前面展望は線路からの映像で、道路の詳細などがわからないからだ。

 

出雲に続き、水戸にも夢で出てきた場所が発見された。はたしてこれが何を意味するのでしょうか。予知夢の一種なのでしょうか。もし予知夢だとしたら、羽田空港の中、あるいは近くにできる家電量販店のトイレに私がいるときに結構大きな地震が起きるのですが…

一人新幹線の記憶

最初に一人で新幹線にのったのは、小3あるいは小4だったかと思います。指定席の山側、つまりはE席でした。700系だったと思います。

不思議なことに、新幹線の景色の記憶はありません。寝ては無かったのだと思いますが、菓子でも食べていたのか、それとも携帯でMAGIC ARROWでもしていたのか、親から携帯のGPSの位置情報を追跡されたのか、たぶんそんな感じでしょう。

東京についたら、父がいました。出張に私が合流する、みたいな感じでした。東京駅で改札を抜け、丸ノ内線赤坂見附。確か宿が駅向かいの赤坂エクセルホテル東急だったと思います。そうでなければホテル名を正確に覚えているはずがありません。

翌日は、浅草に行ったような気がします。雨でした。浅草寺花やしき、人力車、もんじゃと一通り見て、わざわざTXで秋葉原に行ったような気がします。秋葉原は、まだホコ天のやってる頃でした。何を見たか、といわれてもあまり記憶がないです。そばを食べたような気がします。あの角の富士そば。東京のそばは黒いなあと思いました。

そこからどうやって赤坂見附に帰ったのでしょう。多分新橋まで出て、銀座線に乗ったと思います。父が駆け込み乗車して挟まれてました。

その日?の夜は赤坂見附の、ホテルの反対側で回転寿司か何かを食べた記憶があります。現地に行ったり、地図見たりで探してみたのですが、こればっかりは見つかりませんでした。もしかすると今はマンションになっているのかもしれません。。。

最終日は、私がフリーでした。そのため、何かいろいろと回ったのです。永田町から有楽町に出て、時間つぶしに山手線の外回り。東京から大手町まで歩いて、葛西の地下鉄博物館を見に行きました。やってることがいまと変わらない…

その後東西線千代田線半蔵門線南北線銀座線と乗り継いで、いろいろあって新橋。東海道線の211系で東京駅に戻ってきて、撮影していました。ところが、朝の有楽町でプリンとデジカメを一緒にビニールに入れてしまったがためにカメラがプリンまみれ。その日は使い物になりませんでした。

で、1日過ごした後、父と合流して新幹線の切符を買って乗車。この時が、人生初で現時点で唯一の新幹線グリーン車になりました。この時も山側の、D席だったような気がします。ドリンクサービスとかあったっけなあ…?

 

広島駅、12番線着。なんと300系でした。

 

 

 

乗りつぶしと高速バス

私は乗りつぶしをやってます。ここで、乗りつぶしをするときに高速バスが割と便利なことを伝えようと思います

 

① 夜行の利便性

JRの夜行列車はもうサンライズぐらいしかありません、それにくらべ、夜行バスは多数運転されています。これを乗りつぶしに活用しない手はありません。遠征先まで夜行バスを利用することで、前泊の時よりも価格を抑えることができます。

また、思いもよらないところに運転されていることがあります。例えば、週末パスを使って1日目は新潟を乗りつぶし、夜行バスに乗って仙台に抜けて翌日仙台を乗りつぶすということもできます。

関西方面で有用な点としては、フリーきっぷの調達があります。例えば大阪モノレールでは、阪急+能勢電+モノレールのフリーきっぷを売ってますが、これは当然モノレールの窓口でしか売ってません。東京方面から乗りつぶしをする場合、新幹線を使うと結果として千里中央まで行って窓口で買う必要があります。夜行バスでは、千里中央に止まるバスを選べばいいだけです。

 

② 既存区間のショートカット

既に乗ってる区間の本数が少なく、ショートカットしたいときに使います。これは鉄道が遠回りでバスが近いという場合もあります。広島から山陰方面に抜けたい場合とか、アクアラインとかが使えそうな感じですね。アクアラインだと羽田についてから一気に木更津に抜けるという使い方もできます。

 

③ 盲腸線の突破

鉄道縛りだと往復せざるを得ない盲腸線から脱出するために有用です。意外と調べればバスが通っていることも多く、盲腸線の途中まで戻り、そっからバスに乗る手段もあります。アストラムラインとかでも、大塚まで戻ればそこからバスで広島市内や山陰方面に抜けることができ、長良川鉄道でも美濃白鳥や郡上八幡まで戻れば、バスに乗り換えて別方面へ抜けられます。最近では白川郷が乗り換えターミナルのようにもなっているようです。個人的にすごいと思ったのは、北条鉄道北条町から中国ハイウェイバスで脱出できるということでしょうか…

 

 

ちなみにバス停が駅から離れてることがあるんで気をつけてください。

5000兆円貰った男

「人間。お前の願いは何だ?」

きっかけは些細なものであった。ある男が骨董品として買った怪しげなランプを磨いたところ、突如煙が噴き出し、中から人間のような物、時代によっては物怪扱いされているであろう物が出てきた。それは自身を魔神と名乗った。

「お前の願いを一つ叶えてやる。何だ?」

男は再度聞かれた。とっさに思い浮かんだであろうネットスラングを答えた。

 

「5000兆円欲しい!」

 

「お安い御用」魔神とランプは煙に巻かれ消えてしまい、後に残ったのは今まで見たことも無いようなお札1枚だけであった。森鴎外のような肖像画がかかれており、字面を見てみると金五千兆円と書かれている。

 

「なんだ、結局子供だましだったか」

 

男は思った。

ややあって、ふと興味本位でこの札について調べることとした。子供だましにしては透かしや偽造防止シールなど精密にできており、その上、玩具でありがちな子供銀行券ではなく、きちんと日本銀行券と書かれている。どうしても玩具でないような気がしたのである。

ネットで情報を漁っていると、男のかつての人生で得た知見と異なり、日本の紙幣には5000兆円札が存在することが複数の情報源で確認された。男は驚き、その見本画像を確認した。持っているお札と寸分違わない画像がそこに掲示されていたのである。

男は、5000兆円欲しいという要求の為に、魔神が世界を少し改変してしまったのだなとこの時思った。同時に、自分が本当に5000兆円手に入れてしまったことに気づいてしまった。

さて、一声で大金持ちとなった男は早速町へ向かった。実際に5000兆円札が利用できるのかを試したかったのである。男はフランクな服装のまま、近くディーラーへと向かった。

入店したと同時に、店内全ての人物からの視線を浴びた。身分不相応であると奇異な目線であろう。それにもかかわらず、男は一人の販売員に声をかけた。

「全部くれ」

販売員は鼻であしらう。当然の対応である。男は財布からお札1枚を取り出し、再度言った。

「全部くれ、金はある」

店がどよめいた。先の販売員は関係者を呼ぶためかどこかへと向かい、店の裏では騒ぎになっていた。

 

 

ややあって、おそらく店舗で最も重職であろう人物が男の前に現れた

「全部くれ」

しかし、現実は残酷であった

「申し訳ございませんが…当方では全車購入されてもお釣りが用意できません。」

 

男は諦め、店を出た。

 

その後、数店舗巡るも、どこも同じような対応である。無理はない、個人で5000兆円の釣銭は用意できないのである。そこで男は、預金することとした。預金すれば、キャッシュカードで必要な額だけ引き落とせるからである。早速近くの支店へと向かった。

 

しかしここでも、男の要求は叶わなかった。

「申し訳ございませんが…」

なんと利子が用意できないと言う。

よくよく考えれば当然のことである。仮に0.01%の金利だとしても年に5000億円の利息である。銀行が事業者に金を貸し付けた利子だけでこれを埋め合わせることは到底不可能であった。

 

結果、この日は男は5000兆円の恩恵を何も受けず、それまで持っていた現金を消費することとなった。

 

翌日、男がネットを漁っていると、トレンドに5000兆円という文字が浮かんでいた。興味本位で見てみると、なんと昨日の男自身の行動がアップロードされていたのである。

なんと、昨日巡った店の店員が、物珍しさから呟いたのだろうか。それが拡散されていたのである。掲示板では男の住所指名が既に晒されていた。そのためか、男の自宅に嫌がらせされるようになった。幸いにもオートロックが備え付けられていたもの、郵便受けや駐車スペースなど、被害は共用部分のいたるところであった。当然、この修理にも5000兆円は使えず、予定外の出費で男の生活は2日にして困窮した。

 

 

 

数日後、近所の河川で身元不明の溺死体が発見された。司法解剖によると、死語2日ほどであり、警察は事件と事故の両面性から操作を行った。遺体発見現場の上流300mでは、男の物とみられる荷物と、遺書が発見された。DNA鑑定の結果、男の物と判定された。

 

遺書には「5000兆円欲しかった」との書き置きと共に、5000兆円札が置かれていた…

 

 

夜行バス

「…それでは狭い車中ですが、皆さまどうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ…」

この文言を聞くたらプレリュードは終わりである。暫くの後、周囲は光の世界から闇の世界へと変貌を遂げる。そしてそれは同時に我々を闇の世界へと引き込む力を持つ。

しかし、ただ受動的に引き込まれてしまえば、それはただこの旅路はただの移動手段へと変化してしまうであろう。旅というのは、新しい発見をすることに他ならない。

ふと外の世界を見ようと思った。1枚の布で仕切られているだけだ。それを下から潜りこみ、布とガラスの間に挟まった。するとどうであろうか。

一定間隔で流れていく無個性的な高速道路の遥か彼方には、不均質で光輝く町である。煙突からは蒸気が悠々と主張をし、赤色灯が彩をつける。そんな景色に見とれていたところ、視界はナトリウム光に遮られ、ついには視界から追い出されてしまった。

 

どれぐらいたったであろうか。時計を見れば0時25分と書いてある。既に日付をまたいでいた。欝になるような曇天も今いずこ、天に仰ぐとどうであろうか。星空である。それは都会で見るそれよりも、強く、輝きあふれ、そして我々に何かを訴えているようにも見れた。

しかし、このまま起きているわけにはいかない。翌日、といっても既に本日だが、日中に寝てしまっては元も子もないのである。頭を元に戻し、闇の世界へ入門することとした。今日ここまでの記憶と記録。そして明日に得るであろう記録と記憶…………

 

 

 

 

 

 

 

 

どれぐらいたったであろうか。一番前の時計を見た。

 

0時34分

 

夜はまだ長い。

羽田への拘り

私は様々な拘りを持っています。その例として、羽田空港から離陸するときはモノレールに乗る、というものがあります。

なぜモノレールなのか、京急でもバスでもなく、モノレールなのか。

それは、モノレールは羽田の為に有り。といえるからです。

飛行機に乗るということは、特別な出来事である。それは機内だけではなく、空港の保安検査場から搭乗口のブリッジを渡り、席につき離陸で強烈なGを得る。着陸の際はその逆で搭乗口のブリッジを渡り終わった後、一方通行の保安扉を出るまで一式が特別な出来事である。

このような考えを私は持っています。そして、この特別な出来事を拡張させているのが、東京モノレールなのです。

東京モノレールは、京急と違い、羽田へのアクセスという使命を生まれながらにして持っている存在であります。浜松町で乗車する時点で、既にフライトは始まっているのです。

実際に乗車してみても、浜松町を出発した時点では現実世界ですが、天王洲アイルを過ぎて運河の上を飛んでいるときは、もうすでに非現実的空間へのアクセス路ともいえます。さらに、昭和島を過ぎて左にカーブすると、目の前に空港が見えます。この時点で私は空港に来たのだなあ、今から空を飛ぶのだなあと、これからの素敵なフライトが約束されるわけです。

 

要するに何が言いたいかというと、羽田のために作られ、フライトへの導入をしてくれるモノレールは、素晴らしいぞ。という話です。

 

ぶっちゃけ逆に羽田についたときは京急でもバスでもいいんですけど。京急はマイル溜まるし

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でも1000系はこのカラーリングよりは赤帯のほうがいいかなあ。